×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。








  さくら色の郷愁







「卒業?」

「うん、来週だから。卒業式」


うそだあ、とひとみは笑ってカウンターから顔を出した。

「さゆが高校卒業なんて、信じらんないなあ」
「あのねー、お姉ちゃん。一ヶ月もすればさゆみだって大学生なんだよ」
「それはますます信じられない」

そう言ってまたバーカウンターの奥に引っ込むひとみに向かって舌を出し、
さゆみは手元のグラスに軽く触れた。
結露して出来た水滴を掬ってテーブルに擦りつける。


さゆみ、もう子供じゃないもん。

久しく会っていなかった従姉妹に、再会するなり「変わってないね」と言われた事で、
さゆみは少しだけ腹を立てていた。


小さい頃からの憧れのお姉ちゃん。
本当のお姉ちゃんより綺麗で、お兄ちゃんより格好いい、4つ上のひとみお姉ちゃん。
一人暮らしを始めてからは殆どさゆみの家には顔を出してくれなくなった。
それだから約二年ぶりの再会に、大人っぽくなっている筈の自分の姿を見せつけてやろうと、
意気揚々とひとみの働く店のドアを引いたのが数分前の事。
『変わってないね、さゆ』
そう言って笑ったひとみの方はまた一段と綺麗になっていて、
会話をしても、以前より一層歳の差を感じさせられさゆみは落ち込むばかりだった。

大好きな人に会って、沈んじゃうことなんてあるんだ。
溜息を吐きながらさゆみはカウンターの奥の見えない人物を睨みつけた。
自信を取り戻そうと鏡を出して見つめてみても、いつものように上手くはいかない。
唯一自分が認める存在であるひとみに打ちのめされれば、為す術は無いようだ。
ひとみが注いでくれた淡いピンクのジュースに口を付けると、
それはとても甘くて子供が飲む炭酸飲料の味がした。


「さゆ、時間ある?」
ひとみが再びカウンターから顔を出す。うん、とさゆみは大きく頷いた。
黒目がちな瞳を輝かせ、遊んでくれるの、と言い掛け慌てて口を噤んだ。
いけない、また子供扱いされちゃう。
さゆみは何でもないような顔を作って、どうして、と澄まして言った。
そんなさゆみの様子を見て、ひとみは笑いを堪えながら優しく答える。
「今日あったかいし、散歩でもしよっか」
お散歩なんて。大人になったさゆみを前にして、お姉ちゃん。
そう言いたかったが、生憎さゆみは散歩が大好きだった。
ひとみと手を繋いでゆっくりと街並みを眺め歩くのが、彼女と会った時の、
幼い頃から変わらない小さな楽しみのひとつでもあった。

「…いいよ。さゆみ待ってる」
「あーもう今、休憩入んだ。ちょ待ってて、すぐ来るから。これもういっかな?」
さゆみが残した炭酸水の残ったグラスを片付けるとひとみは店の奥へ消えた。
去りゆく後ろ姿を見ると、すぐ戻ると分かっていてもさゆみは酷く淋しく感じてしまう。
単純に淋しがり屋ではあるが、
それでもこんな束の間の別れにすら胸が騒ぐのは、相手がひとみだからだろう。
さゆみはひとみが大好きだった。
今日だって久しぶりに顔を合わせたのだから、訪ねた事をもっと喜んでもらえると期待していたのに、
いつも通りの笑顔に安心すると同時に一抹の不安を覚えた。
お姉ちゃんはもう、さゆみのこと大好きじゃないのかも。
さゆ大好きだよと、頭を撫でてもらったあの頃を思い出して零れそうになる溜息。
しかしそれも、再び店の奥から現れたひとみの姿に、飲み込んでなくなった。
「お待たせー、あれ?さゆどーかした?」
「ううん、何でも」



春の始まりは、夏の匂いがする。
まだ少しだけ冷たい空気をきりながら、さゆみは先程から前ばかり歩くひとみの服の端を掴んだ。
「お姉ちゃん速いよ」
「ああ、ごめん」
謝るとひとみは足を止め、さゆみの歩幅に合わせゆっくりと歩き始めた。
昔からひとみは歩くのが早かったから、いつもさゆみの手を取ってペースを合わせてくれていた。
でも今日は、さゆみは何となく手を繋ぎたくなかった。
いじけてるわけじゃないもん。
何かちょっと、何か悔しいんだもん。
さゆみは服の端を掴んだ手を戻して、冷えてもいないのにはぁ、と息を吐きかけた。
ひとみの、服のポケットにしまわれた右手と、さゆみの手を待つように手持ち無沙汰に揺れる左手。
『ほら、さゆ』
そう言って差し出された手を握ればいつでも、ふわふわと幸せな気分になれた。
あれは甘いお菓子を食べた時に似てる、とさゆみは思った。

「さゆ、背ぇ伸びたね」
「えーやっぱりぃ?」
「うん、また大きくなった」
信号待ちで立ち止まると、ひとみが頭の上で手を仰ぎながら言った。
中学からどんどん伸びていったさゆみの身長も、
昔から背の高い方だったひとみともう数センチの差になっている。
「やだなー」
「何で?嫌なの?」
「だって、小さい方がかわいくない?」
そう尋ねるさゆみの酷く真剣な眼差しに、ひとみは思わず噴き出す。
「ハハ、…くくく、さゆ、」
「なにー、何で笑うの」
「あのね。さゆは背が高くてもかわいーよ」
「…そう?」
「うん、可愛い可愛い」
「そっかぁ」
さゆみを見つめて満足そうに頷くひとみの答えに、さゆみもまた満足げに微笑み頷いた。
「じゃあ、さゆみがお姉ちゃんより背が伸びても」
「うん」
「可愛いって言ってくれる?」
「うん。さゆはきっと一生、可愛いよ」
ぽん、と優しく叩かれた前髪から、手を繋いだ時ほどでは無いけれど、
ふわふわした幸福感が広がっていくのをさゆみは感じた。


「あ、公園」
「おー。遊んでくか!」
小さな公園を見つけ走るひとみの後ろ姿を見て、さゆみは小さく笑った。
こういう所は、お姉ちゃんの方が子供みたい。
赤や黄で出来た雲梯に飛びついて、さゆ早くー、とひとみが手を振る。
後を追ってさゆみが雲梯に掴まると、ひとみは隣のブランコへ、
さゆみが律儀に雲梯を渡り終えてからブランコへ走ると、ひとみは隣の鉄棒へ。
「もー、お姉ちゃん!待ってよ、ちょっと」
「おいでーさゆ」
そうして遊具と遊具の間の鬼ごっこを繰り返す。
いつもこうだ、とさゆみは息も切れ切れに思った。
ひとみはこうしていつも先を行ってしまう。
散歩の時だって、本当なら手を繋がなければひとみは前を歩いていくのだ。
それでもさゆみはひとみの後を追った。
その背中が好きだから、
追いついて頭を撫でて欲しいから。


「さゆー、どした」
唐突に動きの遅くなったさゆみを振り返り、ひとみが声を掛ける。
「…さゆみ、もう疲れちゃったの」
追い掛けたくても運動の苦手なさゆみは、もう遊びの範疇の体力は尽きてしまった。
「そっかー」
ごめんね、と言いながらもひとみはさゆみの元へ戻る様子も無く、
目の前の複合遊具に手を掛け登り始めた。
大きめの身体は軽々と、あっという間に頂上へ辿り着いてしまう。
すべり台などが設けられたジャングルジム状の遊具の上に座り込み、
ひとみは遂に立ち止まってしまったさゆみに手招きする。
「さゆ、おいで。」
疲れたって言ってるのに。
いつもこうだ。そう思っても、さゆみはそんなひとみが大好きなのだ。
ゆっくりと歩き着いた遊具のスチール棒に手を掛ける。
「さゆ、昔からこういうの登り切れなかったよね」
ひとみは少しだけ意地の悪い笑みを浮かべ、もたもたと遊具と格闘するさゆみを見下ろした。
春の陽射しを逆光に微笑むひとみが切なくなるほど綺麗で、さゆみの瞳に涙が滲む。


「ほら、さゆ」

あと少しで頂上。差し出された手を、さゆみは強く握り締めた。
「ぃよっ、と」
ひとみの白く細い腕に、さゆみの身体がふわりと引き上げられる。
いくつになっても、こんな子供の遊具でも、自分の力だけでは登り切れなかった。
いじけるようなさゆみの表情を、愛しそうに見つめひとみは優しく微笑んだ。
「お姉ちゃん」
「しゃゆううう、かわいっ」
くしゃくしゃな笑顔でそう言うと、ひとみは大袈裟な仕草でさゆみを抱き締めた。

ああ、この感じ。
ふわふわして、幸せで、お腹いっぱい。

さゆみはその心地良さに、瞼を閉じて昔を想った。

「…さゆは、大人になっちゃったね」
「え?」
思いがけないひとみの言葉に、さゆみは目を見開いて顔を上げた。
「でも、お姉ちゃん、変わってないって」
「え、なにが?」
「久し振りに会ったのに、変わってないねって言われたの、さゆみちょっとショックだった」
「ああー」
ひとみはさゆみの言葉を大声で笑い飛ばし、抱き締める腕に力を込めた。
「んーとね、そうじゃないんだ。さゆのその、見た目にも溢れる純粋さっつーか、
 素直な可愛さは、変わってない。でもね、やっぱ綺麗になったし…」
恥ずかしそうに、さゆみと視線を合わせないよう話すひとみの横顔に、
さゆみは滲んだ涙が頬を伝うのを感じた。
「何つーか…、あれ、わ、さゆ?」
涙に気付いたひとみは酷く慌てた様子でさゆみの顔を覗き込み、
頬を伝う涙を指で撫ぜるように掬う。

「お姉ちゃん、あのね」
「…うん」
「さゆみ、淋しかったの」
「うん?」
「…さゆみ、お姉ちゃんを卒業しなきゃいけないんだと思って。
 それできっと色々…、やだったの」
言葉で肯定してしまうと、その淋しさや焦燥は涙となってぽろぽろと零れ落ち、
さゆみは心がとても楽になったように思えた。
それを掬いながらひとみは、ふふ、と笑ってさゆみと視線を合わせる。

「さゆは、とっくに卒業しちゃってるよ」
「…どうして?」
頬に触れるひとみの手を両手で包み、さゆみは首を傾げた。
「だってさゆ、高校生になってからちっとも遊びに来てくれなかったもん」
そう言って拗ねたように唇を尖らせるひとみ。
「ええー?だって、お姉ちゃんがお家出ちゃったから…」
「でも家出てから暫くは、あたしの部屋来てくれてたじゃん、たまに。
 高校入ったら、全然来てくれなくなったもん。
 さゆが来るからねって言うから待ってたのに…」
そうだっけ、とさゆみは思考を巡らせた。
そう言えば、そんな気もする。
ひとみが来てくれなくなったのではなくさゆみが行かなくなったのだと気付くと、
さゆみは申し訳無い気持ちで一杯になると同時に、
目の前で俯き淋しそうな目をしたひとみがたまらなく愛しく思えて、両手に包んだその手に口付けた。
「ふふ、お姉ちゃん可愛い」
「…あーあ、さゆ、忘れてたのかぁ…」
「うん、ごめんね?」
「いーよ、もう」
「ごめんね、さゆみ遊びに行くから」
ね?とさゆみは、とびきりの笑顔で笑ってみせた。



店に戻る道のりを、繋いだ手から伝わる幸福感に、さゆみは浮かれた足取りで歩を刻む。
「しかし、さゆももう大学生か」
「うふふふ、楽しみだなー」
「うーん…」
嬉しそうに笑うさゆみとは対照的に、ひとみは不安げに眉を顰めた。
「大学生なんてなったらさゆも、髪染めたりピアスあけたり夜遊びしたり、
 彼氏とかできちゃったりして…あああ、心配だよ」
「なにそれー。それ全部、やる気があったら高校でしてるよ。
 さゆみはずっと黒髪だし、ピアスもしないし、そんなに夜遊びもしません!」
「…そう?」
「彼氏はわかんないけど」
「しゃゆう…」
さゆみは悪戯な笑みを浮かべ、ひとみの手をするりと抜けて一歩前に立った。
思いきり伸びをして、青と白の空を仰ぐ。
「早く、高校卒業したーい!」
卒業証書と、紅白幕と、仰げば尊し。
さゆみ、泣いちゃうだろうな。

「お姉ちゃん、ほら」
今度はさゆみが前から差し出した手を、ひとみが優しく掴む。
「…さゆ」
「なーに?」
「桜が咲いたら、花見でもしよっか」
照れ隠しか、ひとみはさゆみを見ずに繋いだ手を大袈裟に揺らして歩く。
「うん!さゆみ、お花見したい」
お花見かあ。 
桜がひらひら舞って、おいしいものお腹いっぱい食べて、お姉ちゃんと一緒で。
それってきっと、すっごく幸せ。
近い未来を想像して、さゆみは目を細め微笑んだ。
少し喉が渇いたから、店に戻ったら今度はあの桜色の炭酸水を、残さずに飲んであげよう。
そうして空になったグラスを、御馳走様と大人の笑みで返してやるのだと、さゆみは思った。







  从*・ 。.・)


  (0^~^)


(0´~`)从*・ 。.・) *・゜゜*:.。.:*・





戻 る