-6-



「ねーミキティ~~」
「んっだようるさいなー」
「…もーどーしたらいんだよー!」

 キスなんぞしてしまって以来あたしは一人ドギマギしてて、
 梨華ちゃんはというと何の変化も無く
 よそよそしくなったというわけでもないしベタベタしてくるわけでもない。
 熱で朦朧としてたし覚えてないのかなと思ったけどそういうわけでもなく、
 それらしい話題になると真っ赤になって話を逸らす。
 もしかして無かったことにしたいんだけどってヤツかなとちょっと落ち込みつつ、
 今日はミキティに相談に来た。

「どーするってなにがだよ」
「なにがって」
「どーすることもないじゃん、普通にしてれば」
「普通に出来ないから相談してんじゃんかよー」
 あたしは、梨華ちゃんは大事な同居人で、大好きな友人で、
 そんなだったのにキスしちゃってああそんな感情があったんだって思って、
 しかも普通にぎゅってしたいなーとかまたキスしたいとかどんどんヨコシマな感情が沸いてきて。
 すごく、戸惑っている。どうしたらいいのかほんとにわからない。

「まー気にすんなよ。
 あたしだって亜弥ちゃんとえっちしてみたいなとか思うことあるし。」

「え…そうゆうときどーすんの」
「や、別にたま~に思うだけだから、他の人でガマンしてる」
「他の人って…」

「よっちゃんはそんなことできないもんねー。
 だったら梨華ちゃんとヤっちゃいなよ」

 梨華ちゃんだって、したいと思ってんじゃん?とミキティは笑う。
 いや別にヤりたいってわけじゃないんだけどさぁ…。ヤりたくなくはないけど…
 つか無理だって今の状態からセックスとか。

「つーかもうそーゆーの無理っぽいし…」
「だからーそれは梨華ちゃんにも思うとこがあんでしょ。
何も言わないんじゃなくて、言えないんだよ。察してやれよ」
「…」

 そう、なのかなー。よくわかんないんだよなーやっぱりだめだなぁあたし

 どーしよどーしよ連発のあたしに、
 ミキティは呆れたような視線を投げかけると鳴り出した携帯を手に取った。
「あ、亜弥ちゃんだちょっと待って」
「あ、うん…」

「もしもーし。なに、どしたの~?」
 甘い。甘いなあ、声が。自分だって亜弥ちゃんにデレデレしてんじゃん…
 あたしも、声変わってたりすんのかなぁ。…いやそれは無いよなぁ、恥ずかしい…。


 梨華ちゃん…


 やっぱ、話さなきゃ何もわかんないよな。

 うん。悩んでてもしょーがねーし。
 今日は梨華ちゃん遅くなるって言ってたから、明日ゆっくり話そう。よし、そうしよう。


「うん、じゃーねまた電話するー。ばいばい。」

 あれもう終わりか。いっつもすげー長いのに、相談なんかしてたから気使ってくれたのかな
 亜弥ちゃんからの電話を、悪いなー…

「ごめんよっちゃん、終わったー」
「ん…ところでさー…」
「なに?」
 なんとなく疑問に思ったことを口にする。

「ミキティにとって、亜弥ちゃんてなに?」

 あたしの問いに、ミキティは即答で


「この世のすべて。亜弥ちゃんがいれば何も要らない」


「…何もいらないようには見えないんだけど…」
「当たり前じゃん、修行僧じゃないんだし。
 ただ、亜弥ちゃん失くすか全て失くすかっていったら亜弥ちゃん取るってだけ」

「…じゃあ、亜弥ちゃんにとってのミキティって何だろう…」

「さあ?わかんない」
「わかんないって…」

「知らない。考えないもん。
 まあ亜弥ちゃんは美貴がいなくてもやってけるだろーけどね」

 ミキティは至極当然だという様子で笑って言ったけど、
 あたしは初めてミキティに突っ込みたくなった。
 あたしに亜弥ちゃんの気持ちなんてわからないけど、そんなことは無いと思う。


 あたしにとっての梨華ちゃんて、何だろう。


 すごく、すごく大切な人。
 約束通りずっと一緒にいたいから、梨華ちゃんの気持ちを聞こう。



  *  *  *  *  *



「おかえりぃ」

「…あれ?今日遅くなんじゃなかった?」
「ん、今出るとこ」
「あ、そう…」
 いないと思ってた梨華ちゃんがいたことで、拍子抜けしたようなドキドキするような。
 上着を着てバッグも持って、出掛ける直前の鏡チェックをしてる梨華ちゃん。

「あのさ…明日さ」
「うん?」
「…今日、でもいんだけど」
「なぁに?」
「あー…、んーと…やっぱいーや。帰ったらで」
「え、なにぃ?」
「あ~なんでもない、えーと、…あー、今日は、飲み?」
 飲み過ぎんなよと続けようとしたら、

「うん…ちょっと」


 あれ?何この感じ
 言い難いことになると、言葉を濁す。すぐわかる。




「…会うんだ」




「…うん…。
 ちゃんと、話さなきゃ」



「……」



 あー、会うのか、マジでか。そーか。


 なんで?



 話なんて何度もしたんじゃないの?
 そうやって優しくするから、終わんないんじゃないの?

 いやだ梨華ちゃんを責めたくない。あたしだってきっと同じことする。
 しょうがないこと。



 …でも嫌だ。



 あたしは、多分、泣きそうになってしまったのかもしれない。
 梨華ちゃんの手が優しく頬に触れる。

 やだ。優しくしないで。そんな目で見ないで。
 いやだ。こんなあたしは置いていって


「ひーちゃん」
「……」

「…ひーちゃん」



 梨華ちゃん、やだよ





「…行かないで…」




 梨華ちゃんは、一瞬とても悲しそうな顔をして、
 それからすごく優しい笑顔であたしを抱きしめた。

 梨華ちゃんの体温と匂いと呼吸に包まれる。

 しがみつきたいけど腕に力が入らなくて、肩に頭を乗せる。


「…ひーちゃん、帰って来たら…」

「……」


「…ね、お話するだけだから。ちゃんとわかってもらって、今日で最後だから」


「……」



「ひーちゃん、好き」





「好きよ」




 梨華ちゃん、

 すき




「……」



「……なに」
「え?」

「帰って来たら、なに」
「ああ、帰ったら…そうだなー。
 帰ったら、キスしてあげる」
「…」
「だから、いい子で待っててね」
「…なにそれ、ばかじゃん」
「もぉ…。」


「……ひーちゃん」

「…行きなよ。へーきだから」
「……うん」
「ほら早く。」
 あたしは梨華ちゃんの腕を解いて、玄関へ背中を押した。
「気-つけて。色々と」
「うん、行って来るね」
「じゃ」
「ばいばい」

 あたしはいつも通りに梨華ちゃんを送って、梨華ちゃんもいつも通りの笑顔で出ていった。

 さて、何して過ごすか。ココ大事だな。

 掃除でもしようか。…めんどくさいな
 誰かと遊ぶか。…つかまえるのめんどいな

 立ち上がったり座ったり、携帯を開いたり閉じたり、しばらくそんなことを繰り返して
 それすらめんどくさくなってテレビをつけてソファーに寝転がる。

 さっきの梨華ちゃんの感触を思い出しながら、
 やっぱり悲しくて泣いた。




  *  *  *  *  *






 …気持ちーな


 …なんだろ。あったかい


 目を覚ますと、梨華ちゃんの笑顔。
 あたしの顔を覗き込んで頭を撫でてくれている。

「あ、ごめんね?…起こしちゃった」
「……んー…きもちくて…」

 頭も視界もぼーっとして、うまく梨華ちゃんを捉えられない。


「あのね…終わったから」

 ん?ああ…
 そっか、ちゃんと…
 頑張ったね、おつかれ。

 床に座ってる梨華ちゃんに体を向けて、今度はあたしが頭を撫でてあげる。

「…泣けば」
「平気だよぉ」
「…そう?」
「うん」




「…ひぃちゃん」





 すごーく甘ったるい声でそう呟いて、キスされる。



 …頭がクラクラする。



 梨華ちゃん



 キスをしたまま、ソファーの上に引き寄せた。
 邪魔なクッションを蹴り落として、身体を重ねる。
 離れないように、しっかり抱き締める。



 梨華ちゃん


 梨華ちゃん




 梨華ちゃん



 息をするのも忘れてたから、苦しくなって唇を離す。



「…はげしぃよ」

「自分からしたくせに」


 梨華ちゃんが恥ずかしそうに顔を逸らそうとするから、両手で頬を押さえる。
「だって、帰ったらするって、言っちゃったから…」



 かわいーなぁ。

 今コレあたしのもんなんだろうなぁ


 嬉しくなって、いっぱいキスする。

 ちゅっちゅって触れるだけのキスを、顔中に浴びせた。


 梨華ちゃんがくすぐったそうに肩をすくめる。

 キスをする。

 恥ずかしそうに笑う。

 キスをする。




 少しでも離れたくなくて、一緒にお風呂に入って、一緒のベッドに寝る。



 やっぱりこの人とずっと一緒にいたい。
 ずぅっとあたしのもんだったらいい。








 -7-





「それでね、あたしが眠るまでずーっと手繋いでくれてたの」
「ふ~~~ん、…それで?」
「それでね、朝起きたらひーちゃんがねおはようってキスしてくれて、
 眠そうな声で梨華ちゃぁんって言うのー!もうすっっごいカワイイの!」
「ふ~~ん…で?」
「…美貴ちゃぁーん…」

 何かすっごく面白くないって顔の美貴ちゃんに、
 会社ってことも忘れてテンション上がっちゃったあたしは急に恥ずかしくなった。

「もぉーどうしてそんなにつまんなそうなのー?」
「…え~?だってさぁ、何?その流れでヤってないの?」
「やっ…してないよぉ。そんなその日に…」
 もう、美貴ちゃんっていっつもそういうこと言うんだよね。
 もーちょっとひーちゃんとの甘いお話聞いてくれたっていいのに。

「嘘だね、絶対ヤったね。」
「してないってば、そのまま寝ただけ」


「…じゃあオメーその首のキスマークは何なんだよ!!」


「え?!うそやだ、どこぉ?!」
 慌てて鏡を出して見てみるけど、無い。
「嘘だし。バカじゃん」

 …やられた。
 あーあ何でいつもこんな手に引っ掛かっちゃうんだろ。
 今朝だって見えないかちゃんと確認して来たのに。
 大体首にはついてなかったし。

 それより、美貴ちゃん。すーっごく楽しそーな顔になってるんだけど。

「やっぱヤったんじゃん」
「…き、昨日ね」
「その日に…とか言っといて次の日じゃんかよ」
「だっだってだってさぁ」


 だって、だって。
 ひーちゃんが、すっごく優しくキスしてくれるんだもん。

 好きだって、すっごく好きだって伝わってくるんだもん。


 結局言葉にしてはくれなかったけど。
 あたしに触れる手が唇が、好きだよってちゃんと言ってくれてた。

 いつも涼しい顔して落ち着いてるひーちゃんが、
 汗びっしょりになってあたしを抱いてくれた。

 嬉しくてちょっとだけ泣いちゃったら、
 どうしたのって、泣かないでっていっぱいキスしてくれた。


 やだ、何か…思い出したら…

 ……



 …はやく帰りたいなぁ…



「…で、どうだった?」
「どうって…」
「よっちゃん、よかった?」

「よっ……もぉ…。…よかったょ」
「ほ~~~」

「…やっぱり、気持ちいいんだね。好きな人とするのって」
「なにそれ、今までよくなかったんかよ」
「そうじゃないけど…何ていうか」


 わかるの。ああ、この人なんだって


 あたしが言うと美貴ちゃんは、いつもの調子でふ~んと言って少しだけ笑った。


 あのね、美貴ちゃんのおかげでひーちゃんに出会えたこと、忘れてないよ。
 ありがとう。

 たくさんお話ししたいことがあって、食事にでも行きたいんだけど。
 でも今日は、ひーちゃんバイト無いから。
 早く帰って大好きって言わなくちゃ。





  *  *  *  *  *




「あのさぁ、梨華ちゃん…」
「なぁにぃ?」


 いや、そんなキラキラした目で見られても。
 期待してるようなことは言わないんだけども。
 てゆうかむしろ、見るの止めてって言おうとしたんだけども…

「あー、なんでもない」
「えー?なによぉ」
 なによはこっちの台詞だよ。
 さっきからじーーっと人の顔見つめてさあ。
 膝枕してもらって何だけど、全っ然落ち着けねえから!


 あの日から梨華ちゃんは何か変で、
 やたらとくっつきたがったり抱きついてきたりただ見つめるだけだったり。
 まあそれを許してるあたしもあたしなんだが。
 こうやってリビングで過ごす時間も何だか甘いものに変化してしまった。

 あたしもわりと好きな人とはベタベタしたい感じなんだけど、
 今まで普通に一緒に住んでた人といきなりこういうのは、やっぱり何だか恥ずかしい。


「あーもー…」
 視線がうざったいので起き上がって梨華ちゃんの後ろに回る。
 後ろから抱えるようにすると、ちょうど梨華ちゃんの首が口元にあたった。
「ひ、ひーちゃん?」
 首筋にキスすると、驚いたように身体を強張らせて、黙ってしまう。


 あーやっぱり、くっついてると落ち着くんだよなあ


 もうずっとこのままでいーや


「…ひぃちゃん」

「んー」

「すき」
「フッ、うん」

「ひーちゃんは?」

「あー?うん…」


「ひーちゃん」


 何だよー、もう
 わかってるくせに聞きたがるよなぁ


「…んー…」
「ひーちゃぁん」


 聞くなって。

 恥ずかしってば



 でも



 …言わなきゃなんだろうなあ




「ひーちゃん」


「ん…」



「好き」




 だって、




「ひーちゃん、好きよ」



 梨華ちゃんが、笑うから。

 甘ったるい声で、あたしを呼ぶから。







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