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 -4-



「だから、もう終わりだって言ってるの!」

 聞き慣れない、怒気を含んだ声が響いた。


 玄関前に立ったときから、ドアの向こうから微かに聞こえる声に、ただごとじゃないなと思った。
 中に入るのが躊躇われたけど、廊下は寒くて。
 とりあえず部屋に入ろう。入ってマズい雰囲気だったら外に飯を食いに行こう。
 靴を脱いだ瞬間、そんな声が聞こえてきた。


 梨華ちゃんが、怒ってる。
 自分では怒りっぽいと言ってたけど、
 あたしは怒られたことなんて無いからこんな声を聞くのは初めてだ。

 聞いちゃまずいよなあ。
 早く出よう。

 そう思ったけど、でも、何か引っかかる。動けない。


 終わりだって言ってるの



 元彼かー。
 それ以外無いよなあ。


 とりあえずあたしは、寝室に荷物を置いて上着を手に取る。
 聞いちゃいけないと思っても過敏になってる神経が梨華ちゃんの声を拾ってしまう。


「…なの、会う気なんて…」

「……から、…もう!そうじゃないでしょ…」

「…めてよ。……いつもそう…!」


 しつこい奴だなー

 梨華ちゃん終わりだって言ってんじゃん
 なんなんだよ


 電話の向こうの知らない相手に、憎しみに近いものを感じる。

 邪魔してやろうと思ったのかもしれない。
 あたしは出来るだけ大きな足音で洗面所に向かった。思いっきり引き戸を開ける。
 梨華ちゃんは気付いたみたい。声が止んだ。

 洗面所から出ると、リビングのドアに凭れて梨華ちゃんがこっちを見ていた。
「…おかえり」

 悲しい声だ。悲しい顔してる。


 梨華ちゃん。



 あー、何かやだすごいやだ。

 むかついて気持ち悪い。


 梨華ちゃんを傷付ける奴は死ねばいい。



「…ひーちゃん?」
「……ただいま。」 

 あたしは出来るだけ冷静に応えて、ドアの前に、梨華ちゃんの前に立った。
 作れるだけの笑顔で笑いかける。

「なあーに突っ立ってんの」


「ひーちゃん」

「…んー?」

「きこえた、よね」

「…なにが」

「引いちゃった?」

「ばーか」


 泣きそーな梨華ちゃんの頭をくしゃくしゃに撫でる。
 あ、また泣きそうな


「ひーちゃぁん」

「うん?」


「きらわないで」 

「…嫌うかよ」


「ひーちゃ…」


 梨華ちゃん。

 長い睫毛の下から、涙がポロポロ

 悲しくって切なくって、綺麗で、目の前の梨華ちゃんを夢中で引き寄せた。


「ひーちゃん」

「ん?」 


「すき」 



「…ん」 


「すきなの」 


「…しってる」 


「もぉ…」 


「…梨華ちゃん」 

「…んぅ…」 


「あのさ。」 

「うん…」 


「えーと、その…あの~」 

「フフッ…なあに」 



「その、好き、だから」 


「……」 



「だからさ、嫌いんなんないから」 


「……嬉しい…」 


「うん。だから」 




 好き、だよ。 



 言ってから、ものすごい恥ずかしくなった。 


 やべー、ぜってぇ顔真っ赤だ。 

 どうしよ。 



 好きだ。 

 ほんとに好きだ。 


 あー、マジなんだなあたし 

 どうしよ。気付かれたかな。


「ひーちゃん」 

「う、ああ?なに」 


 上目遣いで、見んなよ
 絶対顔赤いんだって
 よけー赤くさせんなって


「ありがと」 

「…や、べつに」 


 何にもしてないんだけどさ。 

 元気でた? 


「ごはん、たべよっか」 
「そだね」 

「ひーちゃん」 
「はい?」 


「すき」 

「…おう」 


「ひーちゃんは?」 
「ああ?」 


 もっかい言って、なんて、 
 ばーかばーか言えるかよ 

「いーじゃない減るもんじゃないんだし」 

 減ります、何かが 

 体力とか気力とか。 


「ひーちゃぁん」


 だから、上目遣い反則



 もう、敵わねーなホントこの人 



「あ~もお…」 

 まだ腕の中にいる梨華ちゃんを、思いっきり抱き締めた。 



 耳元で、囁くように 



「好きだよ」





 やばいめちゃめちゃ恥ずかしいすんげえ恥ずかしい 




 バレないかな。

 大好きだって、すっごい好きだって、バレちゃったらどうしよう。






 その夜、梨華ちゃんのベッドで一緒に寝た。

 元彼のことを、少しだけ話してくれた。 
 家庭のある人だったこと。一度電話で奥さんにものすごい罵声を浴びせられたこと。
 とても弱い人で、別れるくらいなら死ぬと目の前で手首を切られたこと。
 本社から短期間指導のために来た人だから、今は顔を合わせなくて済んでる、と笑った。

 梨華ちゃんが、不倫。
 彼女の性格を知った今、まずありえないことだなと思ったから
 じゃあこの人どんだけ悩んだんだろ、と苦しくなった。

 ベッドん中で、ちっちゃくなって抱き合って寝た。









 -5- 




 梨華ちゃんが風邪を引いた。
 会社で流行ってるらしい。
 金曜の夜から体調崩して、土日寝込んで何故か今日月曜の朝悪化した。

「ひー、ちゃん、お願い…、がっこう行って」
「だからー行くから、午後から。」
「嘘。…月曜、いつも朝から、じゃない…」
「わかったから、しゃべんない」 
 こんな言い合いを昨日の夜から続けてる。 
 ベッドに寝たまま梨華ちゃんは、額に冷却シート張って、真っ赤な顔して必死に訴えてくる。
 わかってるけど、じゃあ誰がこの病人の面倒みるわけ?心配でしょうがないんだもん。 

「ひーちゃん、だめよ」
「…だって、何かあったらどーすんの」
「何にもないよ。おとなしく、寝てるから…ひーちゃん、行っ、て?」
「わかったって。じゃあほんとに午後から行くから。1、2限は、ほんとに大丈夫だから。」
「…とにぃ?」
「うん。」
「ぜったい、午後から行くんだよ?」
「ん、行く。
 いま何か作ってくるから。食える?」
「ん…ありがと…。ごめ、ね」
「気にすんなー」

 部屋を出てキッチンで腕まくりして考える。うーん。
 風邪引きの食事といえば、やっぱりお粥とリンゴだろーか。

 梨華ちゃんすごい苦しそうだなあ可哀相だなあ
 大丈夫かなあ…

 学校行くなんて約束しちゃったけど、だめだやっぱり心配だ!
 トイレ行く途中に倒れたらどうしよう。ベッドから転げ落ちたらどーすんだ。
 うーん何とか言い訳考えて家にいよう。

 余計な心配かけちゃうとアレだし、、何て言ったらいんだろうと思いながらお粥を食べさせる。
 熱でぼーっとした顔で、うっすらとだけ開けた口でスプーン一杯をちびちび食べる梨華ちゃん。

 可愛い…。

 ものすごい不謹慎だけどすっげ可愛いやばい可愛い。


 食べ終えて口を拭いてやる。

 熱い息。


 キスで風邪が伝染るってほんとかなあ。


 変なことを考える。 

 潤んだ瞳で見つめられると、思考が飛びそうになる。


 食べ終えてからも暫くついていると、梨華ちゃんはすぐに寝てしまって、時々苦しそうに呻いた。
 嫌な夢見たりしてないかな… 
 考えながら梨華ちゃんの寝顔を見つめていると、あたしも眠くなってきて
 梨華ちゃんのベッドに肘をついたまま眠りこんでた。


 言い訳の心配をしなくても、目が覚めると午後の講義には既に遅刻の時間だった。

 …二人して風邪引いちゃしょーもないな。
 そう思って部屋を出ようとドアを開けると、後ろから小さく声が聞こえた。

「ひー…ちゃ?」

 慌てて振りかえると、梨華ちゃんがこっちを見てる。

 見て…る?ん?見てないかな?

 北側のこの部屋は、午後になるともう薄暗くて、よくわかんない。


「…よんだ?」

 視線がわかるくらいに近づくと、梨華ちゃんは少しだけ顔を背けた。
「だ…め、…ぅつっちゃ、う」

 苦しそう。
 触ってなくても熱いのがわかる。


「…ちゃん、ごめ…ね」

 目が合った。



 だめだ、思考、飛ぶ。



 キスで風邪うつるって、ほんと、かな


「…え…?」
 声には出さなかったと思うけど、梨華ちゃんがこっちを向いた。


 頬に触れる。熱い。

 この熱を少しでも奪ってあげたい。


 あと、3センチ。

「ひ…ちゃん…?」
 梨華ちゃんの掠れた声が、頭を痺れさせた。


 あと、2センチ。

 すごい熱い。



 あと、1センチ。


 こんな近くで顔見んの…初めてだな 



 あと、



 もうわかんない




 熱ちぃ



 触れた



 梨華ちゃんの口唇が、ほんの少しだけ動く。

 抵抗じゃない。
 目を閉じて、あたしの下唇を咥えるように動かした。


 熱い、熱い、熱い。

 熱のせいだけじゃないよなあ

 あたしの全身が熱い。

 脳味噌溶けそう



 口唇を離しても、目の前が翳んでた。

 梨華ちゃんがうまく見えない。

 でも、そんな苦しくなさそう。

 よかった

 気のせいかな


「…梨華ちゃん」


 名前を呼ぶと、梨華ちゃんはすごく切なげな瞳であたしを見て
 あたしはもう、なにも考えられなくて。



「ひ…ちゃん」




もっかいちゅーした。








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