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「また焼けた?」
ひとみちゃんが眩しそうにこちらを見て目を細める。
夏休みは部活が無いからそんなに焼けてない筈だけど。
私は立ち上がって後ろのカーテンを閉めた。
そのままベッドまで歩いて、寝転がるひとみちゃんの横に腰を下ろす。
そうすると彼女が私の腕を引いて、髪を撫でて、キスをする。
そんなことばかり繰り返す夏の日々。

ばかみたいに身体ばかり求め合って、
互いにそんな二人をどこか冷静に傍観しているような不思議な感覚。
きっとくだらない。こんなことを保田さんが知ったら、私怒られるんだわ。

好きと言って愛し合うのと、好きと言われて抱かれるのは、どっちが幸せだろう。
私にはそれが分からないから、こんな関係を続けてる。
きっと普通なら当たり前のように前者を選ぶのだろうけど、
目の前の愛しい彼女に、私はまだ全てを委ねられない。
見上げれば綺麗な横顔があって、それだけで今の私は満足出来てしまうの。
ひとみちゃんのどこが好きかって考えたら、きっと一番はダントツで顔、だろうな。


あの日から終業式までの数日、
先生とひとみちゃんは一体どんな顔してお互いの居る教室で過ごしたんだろう。
先生には会っていないしひとみちゃんからもそういうお話は聞かないから分からない。
終業式のHRの後、保田さんが私に何か言いたげに声を掛けるタイミングを図っていたようだったけど、
私は逃げるように教室を後にしてしまった。
自分が相談したい時は押し掛けて、話したくない時には避ける私はなんてずるいんだろう。
でも、分からないんだもの。
自分の気持ちが、というよりは、ひとみちゃんの気持ちかもしれないけど。

「梨華ちゃんは夏休み、何か予定あるの?」
事が終わるとひとみちゃんは、いつも満足そうに目を細めて私を見る。
髪を撫でながら優しく話し掛けてくれたり、そのまま一人で眠りに落ちたり、
時には終わらせてくれなかったり。

気怠い私達の行為は、恨めしいくらいに爽やかな日差しをカーテンで遮り、
弱い冷房でも冷え切ってしまう部屋の空気と相俟って、最悪に不健康。
夏休みってこんなものじゃない筈、
なんて考えながら答えとして足りうる程の予定があったかを思い出す。

「うーん、友達と海とか…それくらいかな。ひとみちゃんは?」
「あたし?あたしはごっちんとー…」
よく聞く名前。最近だんだんそのごっちんという子が、
いつも学校で一緒にいる、痴漢から助けてくれたあの子だって事が分かってきた。

「ちょっと旅行いかないかって言われたんだけど、迷っててさ」
「どうして?」
「んー、うちの親結構厳しいじゃん。旅行つっても隣県あたりなんだけどねー」
「ふぅん」
厳しい親御さんのいる家の中でこんなことしてるのね、私達。
誰に問うでも無くそう一人心の中で嗤っていると、
ひとみちゃんは少し考え込むように間を置いて、何だか言い難そうに話を続けた。

「つーか、ごっちんと旅行ってのが、微妙」

「微妙って、」
「いや、ごっちんがさ、嫌いじゃないんだけど。何か…」
低く掠れて消えてしまった言葉の後を、私は何となく聞きたくなくて。
「合わないってゆーか…、何か……、」
何だろうね、と、またその先の言葉は消えてしまった。

私は切なくなった。
あんなに良い子なのに。
人と人が合わないのなんて当たり前の事なのに、
どうしてこの子はこんなにも繊細なんだろう。

確かにひとみちゃんとあの彼女とは、少し合わないところがあるのかもしれない。
本質的な考え方の違いっていうのかな、真面目さの度合いっていうか…
別にあの子が不真面目ってわけじゃないけど、
そういう違いがあって、きっと彼女の事が大好きなひとみちゃんには、それが辛いんだ。
仲良くしたいのに、違和感を感じる。そういう辛さ。





◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 




帰りの電車の窓から学校が見えると、それは何だかとても懐かしく感じて、
私は急に保田さんに会いたくなった。
電車を降りるとすぐに保田さんに電話した。
一人で飲もうと思ってたところだったからと、学校の近くの飲み屋に来て、と言われた。
そうやっていつも、何があろうと保田さんは私と会ってくれる。
私だったら急に会おうなんて言われたら絶対に断るのに、
お人好しな彼女に甘えさせてもらっている。


保田さんの行きつけの居酒屋。ここに来るのは初めてだ。
そういえばこの店には、先生も良く来るって言ってた。
だから私も行きたいと言っても、学校の近くだからと一緒に行く事は許してもらえなかったのに。
引き戸を開けると、カウンターに座る保田さんが私に気付き手を上げた。
挨拶をして隣の椅子を引くと、鋭い視線で睨まれる。

「あんたね、何なのよいつも。ホント急なんだから」
「ごめんなさい、保田さんとお話ししたくて」
「終業式はやたら避けてたくせに?」
答えずに笑って返し、椅子に腰掛けた。
久しぶりに座るこの人の隣。それは私を酷く安心させる。

「どうして、ここにしたんですか?」
「意味があると思うの」
「だって、いつも駄目って言ってたのに、どうして今日は?」
「…別に深い意味は無いけど、ちょっとね」
「なによぉ」
彼女の手元のグラスに手を伸ばすと、ぱち、と軽く叩かれた。
ねだる様な視線を送っても、「今日は駄目」、と一蹴される。
目の前にお酒があるのに飲めないなんて、つまらない。

最初の一言が決まらないのか、私の言葉を待っているのか、
保田さんは無言のまま何度もグラスに口を付ける。
私はそれを眺める。
再びグラスに手をやると、今度は何も言われず私はそれをすんなりと口に運ぶ事が出来た。

「…どうなの、吉澤と」
「うまくいってますよ」
「身体の関係が?」
思わず咳込んだ。
もう、何でこの人は…。
私はグラスを置いて深い溜息を一つ落とした。

「生意気なのよ、高校生が」
「そうですね」

俯いて言葉を探していると、肩に手を置かれ優しく撫でられる。
変わらない仕草。私はあなたの親友を裏切ったのに。
瞼の奥に滲む涙を飲み込んで、お酒で流した。

「まあ、身体は素直だからね」
「やぁだ、もう」
「身体くらい心も素直になってみなさいよ」

見上げると保田さんは笑っている。
彼女の優しさと、大人の余裕だ。
私だって分かってる。意地や罪悪感なんて、引きずっていても何の役にも立たない。
私はまだ子供で、
先生よりも好きな人が出来るくらい許される事であって、
ひとみちゃんの好意に素直に身を委ねるべきなんだ。
そうすればいいだけ。
それでも、私は納得出来ないの。
時々自分の性格が面倒臭いと思える。


暫く無言のまま飲んでいると、それ程騒がしくもない店内に、ガラ、と勢いよく戸を開ける音が響いた。
その入口から、見覚えのある女の子が暖簾を潜って店に入って来る。

「後藤。」
「あー、圭ちゃん」
確かごっちんと言ったその子は、保田さんに手を振りながら、気怠い視線を私に向けた。



保田さんはその子を私に紹介するとすぐに、
他の席にいたお客さんに呼ばれて席を立ってしまった。

後藤真希ちゃん、ひとみちゃんのお友達。
私は彼女とひとみちゃんが一緒にいるところを何度も見ては、時々嫉妬していた。
だって、凄く綺麗な子。
すらりと見える背格好は、ひとみちゃんの隣に立つにはあまりにも似合い過ぎてる。
強気な目線や雰囲気は、年上の私でも少し圧倒されてしまう。

でも、それでは悔しい。

「ね、一緒に飲まない?」
立ったままの真希ちゃんに声を掛けると、彼女は少しだけ驚いたような顔で(と言っても、
お世辞にも愛想が良いとは言えない表情には、微かな変化しか見受けられない)、
私の隣に腰を下ろした。
「…なんか、意外」
「どうして?」
「あのよっすぃーが先輩はそ~と~真面目だって言うから、
 どんだけと思ってたんだけど。普通にお酒とか飲むんだ」
「飲むよ。私別に真面目じゃないもん」
そう、別に。お酒大好きだし。
…授業だって、さぼる方が色々と面倒だから、そうしないだけ。
ひとみちゃんの言う真面目な私は、過大評価だもの。


乾杯しよっかと誘うと、やっぱり彼女は愛想無しに、グラスを掲げた。
カチン、と小さく音を立てる。
「いつも、ひとみちゃんと一緒に居るよね?」
「先輩もね」
その少し棘のある言い方に、ああ、私嫉妬されてるんだ、と思った。
彼女は、私に友達を奪われたと思ってるのかもしれない。
「…あの、あたし」
何て言ったらいいんだろう。
ひとみちゃんとは、そういう関係じゃないの、なんて意味深過ぎるし。
そんなに仲良くないから、なんて言うのもおかしいし。
…付き合ってるっていうのも、違うし。

いっそ友達だったら、良かったかもしれない。
触れたい近付きたいなんて思ったばっかりに、ううん、好きになってしまったのがいけなかったんだ。
あの日ひとみちゃんに会うまでは、私は確かに先生の事が好きだった。
それなのに、でも、だって。
出会ってしまって、好きにならないわけが無い。
あんなに熱い衝動は、生まれて初めてだったもの。

「よっすぃはさぁ」
言葉に詰まった私に、真希ちゃんが口を開いた。
「誰にでも優しいよね」
「…そうね」
「あたしは無理、あーゆーの。凄いと思う」
「そんなこと」
だって、知らない私を痴漢から助けてくれたじゃない。
私がそう言うと真希ちゃんは別に、と抑揚無く答えた。
「てか覚えてたんだ」
「忘れないよ。あの時はほんとにありがとう」
お礼を言っても、彼女は別に、と答える。
素っ気ない振りをするところが、ひとみちゃんに似てるかもしれない。
私達は静かに飲んだ。時々私か彼女が、ひとみちゃんについてお話するくらい。
なかなか戻らない保田さんを恨みながらも、こんな時間も悪くないと思った。




目覚めると頭がガンガンする。
また、飲んですぐ寝ちゃったんだ。
額を抑えながらうっすらと瞼を開けると、少しの違和感。
あぁ…そっか、保田さんの部屋。
昨日はかなり酔っ払っちゃって、とても自宅に帰れる状態じゃなかったんだった。
だるい身体を引き摺ってベッドから抜け出し、リビングに続く戸を開けた。
「保田さん…?」
そこには居る筈の家主の姿は見えず、替わりにソファーで眠る真希ちゃんが居た。
どうして、…あ、まずい。私…
そうだ、私が無理矢理真希ちゃんをここへ呼んだんだった。

昨夜はあの後、やっと戻って来た保田さんと三人でお話をして、
すっかり酔いが回ってしまった私はひとみちゃんとのことをべらべらと、
…駄目、…どこまで話しちゃったのか全然覚えてない…。
確かそれで真希ちゃんとは何となく打ち解けられて、
上機嫌になった私は、お店が真希ちゃんの自宅だっていうのにわざわざここへ誘ったんだ。
その後は……、どうしたっけ、
…取り敢えず、お水飲もう。
真希ちゃんが眠るソファーを通り過ぎようとして、私は思わず足を止めた。
喉の辺りが僅かに動いている以外は、まるで死んだように静かに眠る彼女。
寝ている時ですら、この子の美しさには隙が無い。


「んぁ…」
「あ、ごめん。起こしちゃった」
目を覚ますのも静かで、真希ちゃんは半分ほど瞼を開けて私を見上げると、ゆっくりと起き上がった。
「…あー、梨華ちゃん、起きたんだ」
「うん。…保田さんは?」
そういえば見当たらない家主の行方を聞くと、
真希ちゃんは出掛けた、と一言、鍵を揺らして見せる。
またお礼も言えずに寝過ごしちゃった…。

「おなかすいた」
「え?あ、そうだね。どうしよっか?ファミレスでも行く?」
「行くー。おなかすいたー」
「ごめんね。ちょっと待っててね」
おなかすいたよー、と繰り返す真希ちゃんに返事をしながら、私は急いで支度を整えた。



外に出ると酷く暑くて、じりじりと肌を焼く日差しが辛い。
またひとみちゃんに焼けたって言われちゃう。
汗が止まらない程暑いのに、真希ちゃんの表情はとても涼しげで。
「真希ちゃん、大丈夫?」
「あついー」
涼しげな顔でそう言うのが何だかおかしくて、私は少し笑った。

店に着きドアを開けると、ひんやりと冷たい空気が肌をなぞる。
何だか、気が引き締まる感じ。
席に着くと真希ちゃんは、ちょっと考えられない位の量のメニューを頼んで嬉しそうに笑った。
普段の冷たい印象すら与える表情とは、まるで別人みたいに可愛く笑う子。


「ね、昨日、ごめんね」
「なにがー?」
「無理矢理誘っちゃって…」
「別にー。圭ちゃんち興味あったし」
楽しかったし、と付け加えるように言って、真希ちゃんはまた笑った。
「でもさぁ、梨華ちゃん、すごいんだもん。ちょー酔っ払っちゃってテンション高くて」
けらけらと手を叩きながら笑う。
私は恥ずかしくて頬が熱くなるのを感じた。
その上あんまり覚えてないなんて、最低だわ私…。

「よっすぃーちょっと引いてたしね」

「え!?」
何、どういうこと?ひとみちゃん?どうして?

「え、何で…」
「覚えてないの?」
声も出せず私はかくかくと頷いた。
真希ちゃんは可笑しそうに笑いながら、私の覚えていない部分を話してくれた。


それは記憶が飛んでいる保田さんの部屋に着いてからのことで、
初めは真希ちゃんが、ひとみちゃんに電話をしようと言い出したみたい。
真希ちゃんの携帯で掛けて、初めに真希ちゃん、次に保田さん、とひとみちゃんとお話して、
どうやら夜中の迷惑な電話にかなり機嫌が悪そうだ、ということになって。
替わりに謝ってと電話を渡された私が一番酔っぱらっていて、
呂律も回らず訳の分からないことをまくし立てて切ってしまった…。

「その後掛けたら、よっすぃーかなりびっくりしてたよ。
 今のほんとに梨華ちゃん?とか言ってー」
「……もう嫌…」
今まで生きてきた中で、一番最悪の出来事かもしれない。
絶対嫌われた、間違い無い。
私、何て事してたんだろう。恥ずかしくて消えてしまいたい。

「面白かったよー。梨華ちゃんて、なかなか過激だね」
真希ちゃんはニコニコと笑いながら、やっと来た料理を幸せそうに頬張った。
その後すぐに私の頼んだものも来たけれど、それどころじゃなくて。
私は不器用にフォークを揺らすだけだった。




◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 




『着信中 吉澤ひとみ』
これ程電話に出るのに戸惑ったことは無い。
この電話に出たら、きっと全てが終わってしまう。
出なくてももう終わってるようなものだけど…。
何て言ったらいいんだろう。あぁ、早く出ないと、余計に怒らせちゃう…。
心臓が速い。震える指で通話ボタンを押そうとした時、着信は切れた。
絶望に近い焦りと少しの安堵とが頭の中で絡まり合い、
息つく暇も無く二度目の着信で携帯電話が震える。
出るしかない。今出なかったところで、いつかは出るしか無いんだもの。

「…もしもし」
「あのさ、いつごっちんと仲良くなったの」
電話口のひとみちゃんは、当然だけど怒っていて。
そう言ったきり黙ってしまった。
私は必死で昨日の出来事を話し、それからひたすら謝った。
人生でこんなに謝った事って、きっと無かったってくらい。
けど、長い沈黙を破りひとみちゃんが発した言葉は、意外なものだった。

「…そっか。何か、知らないとこで実は二人ずっと繋がってたのかなとか思って、
 ちょっと悲しかったんだ。昨日からってゆんなら、別にいいんだ」
ひとみちゃんは、もしかしたら少し涙ぐんでるような声でそう言った。
…私、馬鹿だ。私の失態なんてどうでもよくて、
ひとみちゃんが居て当然の面子に彼女を呼ばなかった事が、
繊細な彼女にとって僅かでも淋しくない筈無かったんだ。私はますます申し訳無くなった。

「あんな形で、報告することになるとは思わなかったんだけど」
「そうだね。酔っ払いの電話とか、あたしは好きじゃないね。
 梨華ちゃんがあんなだと思わなかったし」
「…ごめんなさい…」
「いいよ。梨華ちゃんて、なかなか過激なところもあったんだね」
そう言ってひとみちゃんはくすくすと笑う。
私も、友人と同じような感想を持ち合う二人が何だか嬉しくて、声を出さずに笑った。


「ところで、あの時言ってた事だけど」
「え?」
あの時?ってもしかして、私が電話で言ったこと?
私は一気に窮地に立たされた。
何しろ完全に記憶が無い。
まくし立ててたっていうんだから、覚えてないなんてとてもじゃないけど言えないもの…。

電話の向こうに再び沈黙が訪れ、私の心臓も再び鼓動を速める。怖い。
真希ちゃんが言うには、たまに聞き取れた単語の限りでは、
話の内容も相当過激だったんじゃないかって事。
どうしよう。今ひとみちゃんが何か言う前に、覚えてないって正直に言うべきなのかな。
でも、言わない方が良い場合もある。どうしよう、どうしたらいいんだろう。

「…あのさ、ちゃんと考えたよ」
低く掠れる言葉の間に、聞き慣れた吐息が混じる。緊張してる時の息遣い。

「あたしやっぱり、梨華ちゃんが好きだから」
迷いの無い声で、ひとみちゃんは言い切った。


「ちゃんと向き合おうと思います。だから、いっかい話そうか」







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