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私は、私に優しくしてくれる人が好き。可愛がってくれる人が好き。
私の事が好きかどうかなんてそんなに重要なことじゃないの。
如何に私を包み込んでくれるか、安心させてくれるかが大事で、そういう人と一緒に居たい。

先生はいつも私を見ていてくれた。
どんな事でも笑って許してくれたし、何があっても傍に居てくれた。
だから先生を好きになった。
それで私幸せなんだって思ってた、そう感じてたのに。


ひとみちゃんに、出会ってしまった。
完全な一目惚れだった。
あの時は桜が舞っていて、私の大好きなピンク色に包まれる真っ白なひとみちゃんが、すごく綺麗だった。
先生が居るのに他の人を好きになってしまった自分が嫌で、
すぐに先生と別れて、美貴ちゃんがひとみちゃんと友達だって知っても近付く気には到底なれなかった。
なのに、今はこんな事になってる。
どこから間違ったんだろう。


でも、ひとみちゃんて、想像してたより優しくない。
てゆうか、子供っぽい。
根がすごく優しいのはわかるけど、男の子みたいないじわるして楽しんでたりするトコがあるのよね。
ふわふわしてるようで頑固だから譲らないし、言葉も態度も大きくて大袈裟。
それに、時々すっごく強引。
はっきり言って全然合わない。

なのに、どんどん好きになっていく。
どんな所も、愛しくてしょうがないって思えてしまう。
ひとみちゃんが居なかったら生きていけない、なんて事は無いけど、
居なかったらきっと心がうまくいかない。
それくらい私、奪われてしまってる。



朝なんて来なければと思っても、無情にも陽は昇る。
今日が日曜ならまだいいけど、あと数時間で学校に行かなきゃいけない。
ひとみちゃんと先生が顔を合わせてしまう。
重い身体を引き摺ってベッドから抜け出した。

保田さんに会うのだって気まずい。
昨日の内に先生から何か聞いてるかもしれないし、
そうでなくても、全て知ってる保田さんに今日は何も言わずに顔を合わせられる気がしない。
早目に登校して、相談しようか。
そう思ってパジャマのボタンに手を掛け、昨日から脱ぎ散らかしたままの制服に目をやった。

昨日ひとみちゃんと過ごしたあの数時間、私は間違い無く幸せだった。
あんなに幸せな時間は今までに無かったって、言い切れるくらい。
この子じゃなきゃだめって思えた。
あの時だけは、何もかもがどうでもよくって、
ただひとみちゃんとずっと居たい、そう思えたけど。

もう部屋にもベッドにも、ひとみちゃんの温もりは無い。
鏡を見ながら胸に残ったしるしを指でなぞっても、何だか虚しく感じる。

これを先生が見たら何て思うだろう。
違う、見られる状況になったらいけないんだってば。
どうして私ってこうなんだろう。



いつもより一時間早く家を出て、学校へ向かった。
時間が違っても電車の中は変わらず混み合っている。
満員電車なんてキライ。
男の人と肌が触れ合うのが嫌で、夏でも薄手のカーディガンを着て電車に乗る。
別に私は、男の人が嫌いな訳じゃない。
性の対象として見られるのが我慢出来ない。
どうしたって力では敵わないし、女はいつだって男より弱い立場にあるもの。

胸元に抱えた鞄をきつく握り締めながら、駅までの時間を必死で耐える。
さっきから、わざとらしくお尻の辺りを掠める手がある。
頭の後ろに感じる、気持ちが悪い生暖かい吐息。
何度電車の時間や車両を変えようと、どこまでもこの悪夢のような出来事はついてくるんだ。
何か考えなきゃ。何か他の事を考えないと、頭がおかしくなりそう。

「チッ」

誰かが小さく舌打ちをした。
女の子?
その瞬間、あたしの下半身を弄ぶように這いずり回っていた手が離れ、男の人の呻くような声が響いた。
「ぅうう…ってぇ…」
振り返ると女の子が、中年の男性を睨んでいる。
…この子、知ってる。私服でもすぐにうちの学校の生徒だとわかった。
いつもひとみちゃんと一緒にいる子だ。


女の子は下で掴んだ男の人の手首を、肩まで掲げ無言で振り払った。
男の人の呻き声が小さく響いただけで、静かに行われたその行為に気付いた人はあまり居ない。
何人かが訝しげな表情でこちらを見ているだけ。
女の子はまた小さく舌打ちをして、男の人から視線を逸らした。
その間固まったままだった私は、ようやく声を出そうとして車内放送にタイミングを奪われた。

『○○駅、○○駅──』
学校の最寄り駅に到着し、ドアが開き溢れるように車内から人が流れていく。
女の子は私と視線を合わせようともせず、流れに乗って車内を出て行く。
慌てて私も降りたけれど、人混みを思うようには進めない。
すぐ傍に居た筈の女の子はどんどん先を歩いて行く。
足、速い。
ひとみちゃんの友達だから?
なんて思いながら、私は駆け足で後を追った。

彼女の的確な行動で、騒ぎにならずに済んだ。
車内で痴漢がばれれば、周りの人に『あの子痴漢されたんだ』と好奇の目で見られたり、
更に悪ければ駅員室で『どこをどんな風に触られた』とか、屈辱的な事情聴取を受けることになったりする。
実際前にそういう事があった。
とても助かったから、絶対にお礼を言わなきゃ。
必死で後を追い、改札を出たところでようやく追いついた。

「あの…!」
呼び掛けると女の子は、まさか追って来ているとは思わなかったみたいで驚いたように目を見開いた。
私はその場で深々と頭を下げ、ありがとうございましたとお礼を言う。
女の子は何も言わない。無表情だけど、視線や仕草から少し困っているようなのがわかった。
…もしかして、迷惑かな。
面倒だから声出さなかっただけかもしれないし…、
こんな時間にまだ私服で居るなら、急いでるかもしれないし。
呼び止めた事を謝って一歩引くと、女の子は軽くお辞儀をして去ろうとした。

ああ、でも、やっぱり。


「…待って、…ひとみちゃんの、お友達だよね?」

振り向いた女の子は、一瞬考えるような表情を見せてからああ、と呟いた。
私に覚えがあるんだろうか。

「よっすぃーなら、今日休むってメール来てるけど」

「……そう…」
私が力無く答えると、女の子は身を翻し行ってしまった。
最後のお礼をしそびれた、と思った時にはもう姿は見えなかった。

ひとみちゃんは、学校休むんだ。
私が休ませたようなものだわ。
ひとみちゃんは学校に来られないっていうのに、平然と登校してる私は案外図太いのかもしれない。
一晩中付き纏っていた後悔が、また私の頭を支配する。

どうして拒めなかったんだろう。
こうなる事は分かってたのに。

なのに、ひとみちゃんの言葉に甘えて流されてしまった。
ひとみちゃんだって、あんなのその場の昂りで言ってしまっただけだもの、きっと。
あの子がとても繊細なのは、分かってたのに。

好きな人を好きでいたいだけなのに。どうして、上手くいかないのかな。



「あんたバカじゃないの?」
「…え?」
一晩を費やした悩み事を、バカみたいの一言で保田さんに一蹴されてしまった。
もっと言えばひとみちゃんと出会ってからの3ヶ月半、ずっと悩み続けていた事なのに。

「裕ちゃんにもいつも言ってるけど、あんた達もう会うのやめなさいよ」
保田さんは心底呆れたような表情でそう言う。
それは尤もなんですけど。
そう出来ないから相談してるんです…なんて私が言うと、
保田さんは大きな溜め息を繰り返す。

「すいません…」
私が謝ると、窓の外を見ながら保田さんは無言で首を振った。私も外へと視線を外す。
今日、こんなに晴れてたんだ。
家からここに来るまで、下ばかり向いていて気が付かなかった。
私はいつもそう、自分の事ばかりで、周りに目を向ける余裕が無い。
ひとみちゃんや先生の気持ちを考えれば、自然と私がどうすべきかは決まってくるのに。
自分自身の勝手な罪悪感で頭を悩ませて、皆に迷惑掛けてる。

保田さんにも、どれだけ迷惑掛けただろう。
先生と付き合う前から別れた今までずっと、相談に乗ってもらってる。
先生と喧嘩したり、厄介な事があればいつも上手く立ち回ってくれた。
ひとみちゃんの事に関しては、先生の友人としての立場から何も出来ないとは言われたけど、
それでも話は聞いてくれるし、部活でひとみちゃんにも良くしてくれてるみたい。
まさか写真部に入るなんて吃驚したけど、
後でひとみちゃんが私の好きな人だって知って、保田さんの方が驚いてたな。

「石川さ」
「はい」
「まだ若いんだからもっと自由に恋愛すりゃいいじゃない。真面目すぎんのよ」
そう言って保田さんは立ち上がり、私に教室へ向かうよう促した。
真面目、なのかな。
先生との関係を切れずに、ひとみちゃんとも寝てしまう私が真面目なんだろうか。
時計を見て私も席を立ち、写真部の部室を出た。
最後に先生は、あんたが好きなのは誰よ、と呟くように言った。

それだけは、ハッキリしてる。
ただ、そこからが、どうしても割り切れないの。
単純な計算を、いくつもの式で解くような、
或いは間違った式で求めようとしてるのか、
永遠に、答えに辿り着けないような。


教室に入れば、美貴ちゃんに「ひどいクマ」だとからかわれて散々だった。
一日中考え事ばかりして、授業も全く集中出来ない。
私は初めて部活を休む事にした。
帰りのSHRを終えるとすぐに教室を飛び出す。
いつもの癖で、ちらりと理科棟が目に入った。

私はまた必ず、あそこに行く事になる。
それがあと一度だけか、そうでなくなるかはまだ分からない。
取り敢えず今日は、一番好きな人の所へ行こうと思う。
私は携帯電話を握り締め、ひとみちゃんの家へ向かった。




◇  ◇  ◇  ◇  ◇ 





駅のホームでひとみちゃんにメールして、電源を切った。
返事を待ってから電車に乗るのは何だかズルい気がしたし、面倒だったから。
電車を降りて電源を入れると、返事が一通、『いいよー』と一言。
断られなくてよかったと、胸を撫で下ろし駅を出た。

よく知らない街を、一度きりの記憶を頼りに歩いて行く。
そう、ひとみちゃんのお家には一度だけ行った事があって、お部屋が凄く綺麗だった。
お母さんが優しそうな人で、ひとみちゃんにそっくりで…。
もし本当に、具合が悪くて休んだんだったらどうしよう。大丈夫かな。
通りがかった青果店でフルーツを買った。


ひとみちゃんのお家のドアの前に立って、インターホンに手を掛け深呼吸した。
このまま押せばひとみちゃんに会える。もちろん、押さないで帰る事も出来る。
出来るけど、私には一つしか選択肢は無い。
インターホンを鳴らすとすぐにドアが開いて、ジャージ姿のひとみちゃんが顔を出した。

「おー、来たねぇ」
元気そう、って感じではないけど、特別具合が悪そうでも無し。よかった。
ひとみちゃんは私を見て、嬉しそうに笑った。
昨日の今日でこの笑顔、ひとみちゃんの気持ちが私は図れない。
気まずそうな態度でもとってくれれば余程分かり易かったのに。
私は何も言葉が出て来なくて、一つ息を呑んだ。

「いいよ、入って」
「あ…うん。お邪魔します…」
促されるまま玄関に入る。
今ちょうど、誰もいなくてさあー。
ひとみちゃんは明るい調子でそう言って、私を自室に通した。
その部屋は以前より少しだけ散らかっていて、
自意識過剰なのかもれないけど私はまた、自分のせいのような気がして。
何となくドアの前から動けない。

「どうしたの?」
黙ったまま立ち呆けている私に、ひとみちゃんが低く尋ねる。
私は俯いたまま、何も言えない。

「…来てくれて嬉しい」
今度は耳元で囁かれる。

…どういうつもりだろう。
混乱しそうになる思考を遮るように、突然ひとみちゃんの手が私のそれに触れた。
顔を上げると、試すような笑顔に、いたずらっ子の目が光る。
この子、…楽しんでる?
もしかしたら何も意図なんて無くて、
先生との事を探る気も、ましてや私を責める気なんて全く無く、
この状況を楽しんでるのかもしれない。
やっぱり、悪戯に誘って楽しんでた付けが回って来たんだ。
今度は私がからかわれてる。

ひとみちゃんのもう一方の手が、ふと額を掠めた。
「眉間、シワ寄ってる」
くすくすと笑いながら、私の前髪を軽く撫でる。
やだ。見られたくなくて顔を背けたら、撫でてくれる手を拒んだみたいになってしまった。
慌ててごめんと謝ると、ひとみちゃんはまた笑う。

繋いだ手を優しく解いて、ひとみちゃんはベッドの上にごろんと寝転んだ。
枕に半分顔を埋めて、立ち竦む私を見据えて呟く。
「…おいでよ」
誘うような瞳に逆らえず、フラフラと呼び寄せられるようにベッドへと歩く。
長い腕に強引に引き寄せられ、私の身体はひとみちゃんに覆い被さるように崩れ落ちた。


下から見つめてくる瞳に、背筋がゾクリと震える。

「梨華ちゃん、かわいー」
触れるだけの一瞬のキス。
肘で支えてた身体をあっさりとひっくり返され、ベッドの上で組み敷かれた。

「かわいくて…」
だめ、飲み込まれそう

「食べちゃいたい」

息だけでそう囁いて、ひとみちゃんは獣みたいに私の唇に喰らいつく。

舌が奪われてしまいそうな感覚。
どうして、こんなに…。おかしくなりそうなくらい、気持ちいい。

ひとみちゃんの手が服の下を這い出しても、私はもう何も抵抗できずただ本能に身を任せた。



カーテンが真っ赤に染まっている。ひとみちゃんの白い肌も、差し込む日差しを紅く映す。

「…どしたの」
うっすらと開いた瞳が私を捉えた。
「ん…きれい…」
指先で肩をなぞると、ひとみちゃんは、はぁ、と一つ溜息を漏らす。官能的な響き。

この子は本当に、すべてが綺麗。頭の先から足の先まで、
睫毛や爪やどんな細かい部分でも、容赦なく美しい。
ときどきだけど、凄く…嫉妬するぐらい。

「そーいやさ、何でフルーツなの」
「え?」
「おみやげ」
「…あ、うん」
具合悪いかと思って、と言い掛けて止めた。
学校を休んだ事は、ひとみちゃんからは直接聞いてない。
お友達に聞いたと言っても、まさか痴漢から助けてもらってその時、
なんて絶対に言いたくないし。
他にひとみちゃんの欠席を私に知らせる事ができる人は、中澤先生だけ。
変な誤解を招いたらいけないと思い、私は知らない振りをする事にした。

「ん…何となく」
「そっか。ありがとね、いただきます」
ひとみちゃんは特に気にする様子も無い。
嬉しそうに微笑んで、私の前髪を撫でる。頬に垂れた髪の毛を掬って、耳に掛けてくれる。

いつもは少し淋しげな瞳が、今日は優しくまっすぐに、私を見つめてくれる。
そう言えば以前は、射るような視線で私を見ては、すっと視線を外す、そういう事がよくあった。
思えば昨日からその違和感が無い。
ひとみちゃんの中で、何かが確実に変わったんだ。
私は…私は、何も変わってないのに。

ひとみちゃんは大きな欠伸を一つして、私の胸に顔を埋めた。
ちょっと舌足らずな口調で何か呟き、言い切らないうちに眠りについてしまう。
寝息が直接肌に当たるから、くすぐったい…。
ひとみちゃんの柔らかい髪の毛を撫でていると私も眠くなってきた。
少しだけ寝よう。そう思って目を閉じた。

私、この子を傷つけたくないのに。私のやっていることって何なんだろう。
先生に、会いに行かなきゃいけない。
いけないと思うけれど、保田さんのもう会うなという言葉が頭をよぎる。
もうすぐ夏休みが来る。






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