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その人に初めて会ったのは桜の綺麗な春だった。
花びらを払う仕草に胸が熱くなって、恋をしたんだ、と思った。






◇  ◇  ◇  ◇  ◇





「38番、吉澤ひとみ」
「はい」
 
金髪の教師なんて、初めて見た。
担任の中澤は物理教師で、派手な見た目とあらゆる意味で、校内でもかなり目立つ存在みたいだ。
入学説明会と入学式の今日で2度、彼女が教壇に立つのを見ているけど。
教師なんてガラじゃないだろうと思う。
出欠で名前を呼ばれただけであたしは萎縮してしまう、そんな人だ。
 
「めんどくさい問題だけは起こさんといてな」
中澤は最後にそう言ってHRを終えた。
どこからがめんどくさい問題なんだろう。そう思いながら携帯を開いた。
今日は知り合いの先輩に挨拶に行く予定だった。
小学校のころ同じ地域のバレークラブに所属していて、それから何となく仲良くなった人。
同中の子に一緒に帰ろうと誘われたけど、約束があるからと教室を出た。
普通科から商業科棟に続く廊下を探す。

新入生一人で2年の教室に行くなんて普通ならかなり緊張するものだけど、
幸い在校生のHRはとっくに終わっていて、校内は閑散としている。
廊下の窓から流れてくる風が気持ち良くて
遠回りになるけど外から行こうと思い立ち、手近な昇降口から校舎外に出た。
正直なところさっきまでかなり迷っていたけど、外に出ると商業科棟がすぐ目に付いて安心した。
静かな校内のどこからか生徒の声が聞こえてくる。
この学校は広くて新しい。
普通科と商業科合わせて一学年10クラス程の女子高だ。


微かに頬を撫でる風の中、ゆっくり歩を進める
ふと足に何かが当たった。黄緑色の蛍光色、硬式のテニスボール。
足元のそれを拾うと、背後に人の気配を感じ振り向く。


振り向いた先の人物を捕らえた瞬間、心が真っ白になった気がした。

その人はあたしを見て笑った。
白い体操着と対照的な褐色の肌に、眩暈を覚える。

手元から滑り落ちそうになるボールを握り締めた。

風に煽られて揺れる桜の樹から、花びらがはらはらと舞い落ちる。
それは彼女の姿を霞ませるようにしかし際立たせるように、
あたしの瞼の奥までその姿を焼き付ける。
言葉にならない感情が、頭の先から足の先まで、廻るように湧き上がるのを感じた。

「あのー…」
目の前の彼女は、髪をかき上げながら言葉の先を視線で促した。
彼女の動き一つ一つに、心臓が異常な程鼓動を速める
こんなに綺麗な人を、今までに見たことが無い、と思った。

彼女のやや特異な声が耳を衝き、
ただ時間が止まったように立ち尽くしていたあたしも、ようやく口を開くことが出来た。
「これですか?」
彼女が頷くより少し早く、ボールを投げ返す。
ラケットを使って器用に受け取ると、彼女は「ありがとう」と頭を下げた。

脚だけはまだ言うことを聞かないようで、
それともただ立ち去りたくないのか、あたしはそこから一歩も動けない。
「新入生?」
ネクタイの色を見て、優しい笑顔のまま彼女は首を傾げて尋ねてきた。
「はい…」
ろくに思考が回らないので、ただそれだけ答える事しか出来ない。
「また、会えるといいね」
そう言うと彼女はこちらを向いたまま2、3歩後ずさり、
振り返ってテニスコートへ駆けて行った。

桜の花弁はまだ舞っていた。




◇  ◇  ◇  ◇  ◇




ようやく辿り着いた教室に、入るなり待っていた人物に「遅い」と睨まれる。
他に誰もいない教室に一人、例の先輩はやや頭に来てる様子だ。

「ごめんミキティ、迷ってた。」
「わかんないなら電話しろよ!何分掛かってんの」
確かに、教室で今から行くとメールしてから20分も経っている。
適当に謝罪をして、久しぶりの会話を交わす。
学校はどんな感じかと聞かれて、綺麗な校舎や中澤やクラスメイトの第一印象、
そんな話題があった筈なのに。
あたしの頭にはさっきからひとつの映像だけが焼き付いて離れない。

「…あのさ、すっごいかわいー人、見た。在校生で」
「へ~~?すっごいかわいい~?誰だろ」
あまり人を誉めないあたしの言葉に、ミキティは少しだけ興味のある様子を見せた。
「うちの学校、この辺じゃレベル高いらしいからね」
と言って、しかしあくまで「らしい」から自分はそんなかわいい子なんて存じません
といった様子で考え込んでいる。
確かにミキティは、そのレベルの恐らくトップに位置するぐらいの美少女だ。
だから一般的な「カワイイ」なんて、よくわからないのかもしれない。

でも彼女は、本当に綺麗だったから。知っている筈だと思った。

そういえばテニスをしてたと言うと、ミキティはああ、と一言
「じゃあそれたぶん梨華ちゃんだよ」
「知ってんの?!」

あまりにもあっさりと答えられて、あたしもあっさりと動揺を見せてしまう。
「テニス部で可愛い子っつったら、梨華ちゃんぐらいかな。
 すっごい黒くなかった?」
確かに、大袈裟な程に陽に焼けてた気がする。
あとはやたらとアニメ声だったとか、髪型とか、
大体の特徴が一致するとじゃあ間違いなく梨華ちゃんだねとミキティが言った。
1、2年と同じクラスらしく、何だかんだで仲いいかな、と
ミキティは妙に不服そうにして見せた。
照れ隠しだな、と思った。そういう人だから。
好き嫌いの激しいミキティにも好かれるような、優しい人なんだろう。

「紹介しよっか?」と言われたけど、別にいいと言って断った。
自力で会おうと思った。会おうというか、何となくそのうち会えるだろうと自然に思えた。

石川梨華、それが彼女の名前。




 -また、会えるといいね- 

あの特徴的な声が、耳に残って離れない。
ミキティと行ったファミレスの喧騒の中でも、ガタガタと煩い私鉄の中でも、
まるで彼女がそこに居るかのように、鮮明に、鮮烈に、頭に響いて離れない。
やたらと高いのに、安心してしまうような、よくわからない不思議な声だ。
そもそも彼女の存在自体、不思議で仕方ないのだけど。
これが世に言う一目惚れってやつなんだろうか。よくわからない。

ただ、彼女を見た瞬間。
心も思考もどこかへ行ってしまいそうになって、五感全てが彼女を求めた。
彼女に会ったのは必然だ。
あたしはもしかしたら、この為に生まれてきたのかもしれない。






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