×

[PR]この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。






じゃあね、といつものように手を振って花音と別れた。
ひとりで地元まで向かう電車に乗りながらさっきのことを思い出す。
…あのとき電車が来なかったら、どうなってたかな。
するつもりは無かった。100パーセント無いって言ったら嘘になるけど、
そんなつもりじゃなかった。頭に血が上っちゃったんだ。
だって、花音がなんか可愛かったから。
寒がりで小さな花音を抱き寄せたら、腕の中の花音はやっぱり小さくて、でもあったかくて、
肩をくすぐられて顔が熱くなった。

思い出すと今も熱くなってくる。
花音は気付いたかなとか、ぐるぐると考えながら、また小さい頃のことを思い出す。
いつだったか花音に、ほっぺたにキスされたことがあった。
憂佳はそのときあまりにもびっくりして何も言えなかったけど、
花音はいつもの得意げな顔でにこにこ笑ってるだけで、あぁこういうこともあるのかって思うしかなかった。
だって知らなかったから。友達同士でもそういうことするんだって。
だからキスされたとき、花音は憂佳のこと好きなのかと思ってびっくりしたんだ。
でもそういうわけじゃなかった。花音はべつに憂佳のこと好きとかじゃなくて、
長く見てたら誰にでもそういうことしてきてたし、だから悔しくて。
でもそれからずっと憂佳は、どうしても花音の唇を意識してしまう。
あの唇に、今度は自分から、触れてみたいと思っちゃうんだ。



次の日花音はいつも通りのテンションで、朝から元気に紗季ちゃんと騒いでた。
でも、何となくだけど憂佳のこと避けてる気がして、
あんなことがあったせいでそう思うのかもしれないけど、でも。
やっぱり気付いてたかな、なんてぼんやり考えながら花音を見る。
昨日はあんなに近くで見つめ合った顔が、今日は全然こっちを見てくれない。
ていうかむしろ目が合いかけても逸らされてる…気がする。
考え過ぎかもしれないけど、でも昨日の今日だし、
なんて考えてもめんどくさくなってきて、目の前の机に上半身を預けた。
「かのん」ってでっかく書かれたドリンクが目に入る。
爪で弾くと、中の飲料がゆらゆら揺れた。なにしてんの、って隣の彩花ちゃんが小さく笑った。


こんな日はふたりきりになりたくないと思っても、こういうときに限ってふたりきりになる。
でも、気まずいなって勝手に思ってたのが拍子抜けするくらい花音は普通で、
そんなに狭くない楽屋の中で憂佳のそばまでやってきて、また変なこと言って笑ってる。
無理に上げてる気がしないでもないけど、やっぱり考え過ぎだったかな。
でも、じゃあ、昨日のことどう思ったんだろう。まったく気付いてなかったりするのかな。
花音は幼いし。なんてちょっと失礼かな、とか考えながらお喋りな花音の話を聞き流す。

よくそんなに喋るなあとか、あ、今また嘘吐いたな、とか、
笑うたびに口元にあてる手がちっちゃくて可愛くて、ぎゅって握りたくなる。
…なんて、憂佳が考えてること花音は気付かないのかな。気付かれても困るけど。
また勝手に気まずくなって俯いたけど、ねえ聞いてる、って花音の声にすぐ顔を上げる。

「聞いてる聞いてる」
「うそ、聞いてないでしょ。何で嘘つくの?嘘ついちゃいけないんだよ」
「花音に言われたくないし」
「私嘘なんかついたことないもん」
「それがもう嘘じゃん!」

嘘じゃないから、って花音がニヤニヤしながら言う。
そんな風にくだらないこと言って笑ってたら時間が来たらしくマネージャーさんに呼ばれた。
行こっか、ってすぐに立ち上がった花音に手を差し出される。
べつに憂佳のタイミングで立つからいいんだけど、手を貸してほしかったわけじゃないけど。
握るとやっぱりちっちゃくて可愛くてやわらかくて、いいなあって思う。

立ち上がって手を離そうとしたら離れなくて、よくわからないけど花音がぎゅうって握ってて解けなくて、
顔を見るとまたニヤニヤしてて、なに考えてんだろうって不安になる。
どうしたのって言おうと思ったらだんだん花音の顔が近付いてきて、
気のせいかなって思おうとしてるうちに気のせいじゃないくらい近くなって、
ニヤニヤしてた顔は真顔になってて、薄いまぶたとかくっきりした二重とか、
あと数センチで触れるんじゃないかってくらいまっすぐに憂佳の視界を埋めてゆく。

かのん。
名前を呼ぼうと息を飲んだら、ふっと花音の顔が離れてった。
遠ざかった顔はにっこり微笑んで、それが何か、昨日の仕返しだよって言ってるみたいな顔。

……悔しい。
まんまと騙されて、どきどきしちゃったじゃんか。


ずるいよ、花音は。
だってそんなのやだけどやっぱり絶対、憂佳の方が花音のこと好きなのに。
だからフェアじゃない。
どきどきするのも憂佳の方がおっきいし、花音はがっかりしたりしないでしょ。

悔しくて悲しくて、でもどきどきは治まらなくて、少し力の抜けた花音の手を振りほどく。
花音は満足げに振り返って憂佳に背を向け、楽屋のドアに手を掛けた。
カチリとドアノブの動く音がして、でもなかなかドアが開かなくておかしいなと思ってたら花音がこっちを向いた。
向いたと思ったら、次の瞬間にはほっぺたにちゅってキスされた。
一瞬すぎてよくわかんなくて、視覚と触覚では花音の唇が触れたって理解したけど、
あたまとこころはキスされたんだって理解できなくて、ぐちゃぐちゃになる。

花音は今度は得意げでも満足げでも含んだ笑いでも何でもなくて、
すごく無邪気に笑ってて、
その顔に心臓がぎゅぅって音立てそうなくらい締めつけられた。


「なにすんだよー!」
「きゃーっ憂佳ちょっと、やめ、」

反撃のつもりで花音に思いきり抱きついて身体を揺する。
やめて、って花音は頭ぐらぐらさせながら大笑い。
すぐにはやめたくなくて、腕の中の花音をもっとぎゅっと抱き締めた。
さっき憂佳の心臓が締めつけられたくらいに。
耳の後ろで花音が声枯らせながらまだ笑ってる。
くっついたまま転げるようにドアを開けて部屋を出たら、
廊下にいたスタッフさんにうるさいって怒られてしまった。
すいませーんってふたりでちょっと頭下げながら腕を解く。
怒られちゃったねって、言いたげに花音が目配せしてくる。
ね、って憂佳も無言で笑って、静かに廊下を歩く。
花音が動く度にさらさら揺れる髪の毛に触れたいななんて思った。
心臓はたぶん治まったけど胸のずっと奥の方はまだどきどきしてる気がして。

もう、何の誤魔化しようもないと思った。
どうしようもなく、花音のことが好き。







   戻る