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駅に着いて地下から出ると、雨は止んでいた。建物の隙間から覗く空は陽も暮れかけで、
無数の色が混じり合ってじんわり漏れる光が眩しい。ひんやりと澄んだ空気が、風になって肌を撫でる。
気持ちいいなあ。雨上がりのこの感じ。
花音はちょっとの階段でももう疲れたなんて言って、遅れてゆっくり登ってくる。

「花音おそーい」
「違うよ、憂佳が速かったの」
「そんなことないよ」
「すごい速さだったもん、だだだーって、駆け上がるみたいに」
「そんなんじゃなかったし!」
憂佳の真似なんだかおかしな動きをする花音に大ウケして、二人でひとしきり笑い合う。
夕暮れの中、雨上がりの空気をきって歩く。
上映まではまだ時間があって、どこか入ろうよって花音が言うけど、
憂佳はもう少しこの空気の中を花音と歩いていたい。

「ねえ疲れた」
「いいじゃんもうちょっと、歩こうよ」
「何でそんな元気なのー?」
「楽しいからだよ」

何が、って花音は呆れたように言う。
花音と居るのが楽しいからだよ。なんて絶対言ってやんないけどさ。
何か、やっぱり悔しいな。憂佳だけ楽しみにしてたみたい。
朝から雨でも花音は何でもないって顔してて、仕事が巻いて終わったって別に嬉しくもなさそうで、
今だってもう「疲れた」ってばっかり。
悔しいけど、でも、憂佳の少し後をとことこ付いてくる姿が無性に可愛くて笑えてくる。
敵わないな、花音には。昔から。

待って、って後ろから腕を掴まれて、足を止める。
傘の先が水たまりをぱしゃんと小さく撥ねた。
「もうげんかーい」
「しょうがないなぁ」
掴まれた腕を解いて手を差し出すと、縋るみたいに花音が掴みとる。
手を繋ぐなんて普段なら恥ずかしくてしないけど、でも今日は、ちょっと違うから。

花音は体重を殆ど憂佳に預けて、もう歩きたくないって意思表示。
仕方ないからそこ入ろうかって憂佳が適当なお店を指せば、急に元気になって走り出す。
信号変わっちゃうよはやく、なんて、
繋いだ手を引かれて一緒に走るけど、結局間に合わなくて立ち止まった。
あーって間の抜けた声出す花音が面白くて頬が緩む。
青信号を待つ間も繋がれた手は離されなくて、すぐ隣の花音を見つめてると、
陽に透ける髪とかオレンジに染まる肌とかそういうのに妙にどきどきしてきて。
今日、ちょっと違うのは、憂佳の気持ちなのかもしれない。



映画を見ている時間っていうのは長いようであっという間。
終わってからの興奮はなかなか冷めなくて、それは夜なら尚更で。
とりあえず入ったファミレスで遅くなった夕食をとりながら感想なんかを話す。
内容に関してはすごく面白かったともつまらないとも言えない感じで、
まあ言ってしまえば微妙だったってことだけど、
でもいくつかの印象的なシーンがじんわりと胸に響いて変な感覚が続く。

「まあ、でも、面白かったよね」
もぐもぐとパスタを咀嚼する口元を押さえながら花音が言った。
「でもって何だよー」
「…ん、いや面白かったよ。ていうか、憂佳泣いてんだもん」
「えー?泣いてないよ」
「鼻すすってんの聞こえた」
「でも泣いてない」
だって主人公の気持ち考えたら、ラストの前のとこなんか胸がぎゅってなって、
でも泣いてないし。たぶん。花音の前で泣いたりしないよ。

「憂佳は恋愛もの好きだもんね」
「うん、だって何か素敵じゃない?」
そんな物語みたいな、素敵な恋とかしてみたい。
まだ子供だしこういう仕事だし、良い人なんてそうそう居ないし。今は全然出来そうもないけど。
いつかはっていうか、夢見たいじゃん。
「よくわかんなーい」

それは花音が子供だからだよ、って言おうとしたけど絶対怒られるからやめた。
でも花音もやっぱり、王子様みたいのを待ってたりするんだろうか。
何てったってシンデレラだし。
花音が恋って、なんか変なの。そういう話聞いたことないし、するような仲でもないし。
憂佳の中の花音は昔から、そういうのとはずっと遠くて、いつも自分が一番で、
……何だろう、へんな気持ち。

目の前の花音が誰かのものになることを想像したら、なぜか勿体ないって思った。
どうせなら憂佳のものになっちゃえばいいのに。なんて。
べつに花音と素敵な恋愛したいとかそんなんじゃないけど、
でも花音にとっての一番は憂佳じゃなくちゃ嫌で、
それは何でかここのとこずっと思ってることで、
ねえ、花音は何とも思わないのかな。

特別なことなんてひとつも無いのに、映画を観に来ただけなんだけど。
朝から降ってた雨が止んだこととか、手を繋いで歩いた夕暮れとか、
映画館の真っ暗で閉じられた空間で共有する雰囲気とか、今この窓から見える夜の街並みとか。
そういう小さなことがいっぱい重なって、
何だかすごく特別な時間みたいに思えてしまう。
花音はいつもの花音なのに、妙に可愛く見えてドキドキするのは何でだろう。

じっと見つめる憂佳の視線に気付いた花音が、ん?って笑う。
その笑顔はずるいよ。ドキドキが大きくなる。
「憂佳もしかして眠い?」
「え?ううん」
「すぐぼーっとするからさあ」
「…眠くないよ」
眠いどころか頭の奥は妙に冴えてて、花音の動きのひとつひとつが気になってしょうがない。
口元を抑える指の角度とか、俯いたときの睫毛の揺れ方とか。
たぶんきっとこんなのは夜のせいで、今日の特別な雰囲気のせいで、
明日になったら普通になってるはず。
だから今日のこの感じは、まだ終わってほしくないな。
きっと今だけだから。…きっと。







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