花音とふたりで来たかったな



ベッドに入ってからふと今日の憂佳の言葉を思い出した。あれはどういう意味だったんだろ。
確かに最近は憂佳と二人でどこか行くとかってあんまり無い。元々無いけど、
でも美女木の舞台の時なんかは二人でいることが多かったかも。

そういうのまたしたいのかな。ちょっと違う気がする。
よくわかんないけど憂佳はわたしと一緒にどこか行きたいらしい。
買い物じゃなくてもいいのかな、憂佳は何したいんだろ。
そういえば何も決めずに今日は帰って来ちゃったけど、
このまま流れたら、憂佳は怒るかもしれない。怒るというか拗ねるというか、
またよくわかんないことを言われるかもしれない。
ああいうのは何て返したらいいのかわかんなくてちょっと困る。
困るから、明日はちゃんと約束しよう。そう思って瞼を閉じた。



「どこでもいいよ」

花音の行きたいとこで。憂佳は薄く笑ってそう答えた。
撮影の合間、憂佳と待ちになったから聞いてみると返ってきた答え。
どこでもいいっていうか、決められないってことじゃないの。
憂佳は優柔不断だから、でも言いだしっぺなんだから何かしらしたいことがあるのかと思ってた。
だったらどうしようかな。あれこれと提案してみるけど憂佳はいつもの調子で、
結局またわたしが一人で盛り上がって終わった。

「えーじゃあどうする?」
「どうしよっか」
「もうじゃあ憂佳が決めてよ」
「んー…、映画とか?」
「なにそれ、何かデートみたい」

デートだもん、と憂佳が言った。
そうだけど、そうじゃなくて。恋人同士みたいってこと。

何か観たいのあるのって聞くと、特に無いけどと憂佳が言う。
無いのかよってわたしが言うと、でも映画が良いと憂佳が答える。
わたしの行きたいとこでいいって言ったのに結局憂佳の一言で決まった。
そういうこと何となく多い気がする。優柔不断なくせに、
何だかんだこうやってスパっと決められるとこすごいな。

じゃあ何観よっか、って映画館やら上映作品やらを検索して、
何度も話が逸れては憂佳に怒られて、
ようやく全部決まる頃にはお腹が空いてしょうがなかった。
行くことになったのは4日後の仕事終わり、ぎりぎりレイトショーの前の回。

「何かさ、夜に映画観るのってわくわくするね」
そう言って憂佳は何だかふわふわと嬉しそう。
「ね、どきどきする」
「あんまり行ける機会無いもんね」
「ていうか、私たぶん行ったこと無い」
「そうなんだ。」

じゃあ楽しみだね、って憂佳が笑う。
何となく恥ずかしくて、うんと頷けなかった。
だって、だってデートなんでしょ。




当日は朝から雨がしとしとと、憂佳はやっぱり少し不機嫌で。
今日は花粉が少なくて良い、なんて言いながら、でもわたしを見て雨だねって何度も言う。
そうだねってわたしが答える度に、あーとかうーとか言いながらうな垂れる。
憂佳へんだよって笑いながらひっつく紗季を相手にする姿が面白い。
そんな調子で半日過ごして、でも順調にお仕事が終わって帰る頃にはかなりテンション高めになってて。
押さなくて良かったねって嬉しそうに言ってくるのが何だか可愛く思えて、
そんなにわたしと一緒に映画が見たいのか。なんて。


「でも、ほんとギリギリの回だったから危なかったかもね」
映画館に向かう地下鉄の中、雑音に紛れながら憂佳が言った。
節電で空調の効いていない車内、開け放たれた窓から入る轟音が耳に衝いて声を拾うのはやっとだ。
「今日行けなくても、まだ公開終わるわけじゃないでしょ?」
「うん、でも、今日さ、」
「え?」
よく聞き取れなくて憂佳の口元に耳を寄せると、何でもない、と返された。
誤魔化された感じが気になったけど、雑音が面倒でそれ以上は聞かないことにした。

「ね、紗季ちゃんさー、超羨ましがってたよね」
そういえば帰り際に騒いでたっけ。いいなー紗季も連れてって、なんて。
「結局さっさと帰ってったけどね」
「一緒に来れば良かったかな、紗季ちゃんも」
「また4人で行けばいいじゃん」
「そっか、そうだね」

一緒に、なんて、ふたりで行きたいって言ったのは憂佳なのに。
今ならあの言葉の意味を聞いてみたいと思った。
でもきっと雑音で聞こえなくて、それでまた誤魔化されるのかもしれない。
そうだねと頷いたきり急に憂佳が黙ってしまって、
そしたらやたらと轟音が耳を衝いて何だか不安になるから、
手持無沙汰に揺れる憂佳の腕をとって身を寄せた。
何か喋ろうと思って、口を開いてみるけどこの音にぜんぶかき消されてしまいそうな気がして、
憂佳に倣うように黙ってみる。
わたしが喋らないのが珍しいのか、憂佳がちらりとこっちを見た。
マスクで殆ど顔は見えないけど、でもやたらと機嫌は良さそうで、
わたしが首を傾げると、瞼がふっと笑ったかたちになる。

何だか、どきっとしてしまった。
目線が少し上にあるのがずるいと思う。
わたしの背がやっと伸び始めたころも憂佳はどんどん伸びてって、結局追い付けたことが無い。
ずっとこうしてわたしのことを、上の方から見てくるから。ずるくて嫌になる。
悔しいから絶対に、どきっとしたなんて言えないんだ。







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