かのんのばか。

ばかばかばか。心の中で呟いて、携帯をベッドに投げ出した。
このまま放っといたら、何か言ってくれるかな。くれないだろうな。
そうしたら、憂佳ひとりでこんな気持ちになって、何か悔しいよ。


レッスン用の靴を買い替えたいって花音が言ったから、
明日の撮影とラジオ収録の合間に一緒に見に行こっかってなったんだ。
ふたりで買い物とか、久し振りだからちょっとだけ楽しみにしてたのに。
やっぱり時間ある水曜に彩花ちゃんと行くってメール来たのが今さっき。
確かに仕事の空き時間じゃゆっくり選べないけどさでもさ、
約束したんだしちらっと見に行く程度だって、憂佳と行ったらいいじゃん。
花音が単に彩花ちゃんと行きたいんだろうなってわかっちゃうのが嫌。
花音はきっと何の悪気も無くて、憂佳だけへんな気持ちになってるのが超やだ。

そっかー、行ってらっしゃい

とか、普通に返す。どうせ憂佳たちの関係なんて、こんなもんだ。
花音のばか。もう楽しみにしたりなんて、しないから。



別に謝ってほしいとかそこまで思ってないし、こんなこと一晩経っても引きずってたりとか無いんだけど。
約束が無くなってすっぽり空いた移動時間、
マネージャーさんにどっか寄りたいとこある?って聞かれて、
無いでーすと答えた花音にちょっとだけ腹が立った。
ほんとはあったのに。
無意識に不機嫌な顔してしまったのか、花音が様子を伺うように横目で憂佳を見た。
「そういえば、ごめんね。約束」
少し首を傾げながらそう言われて、花音が謝るなんて珍しいななんてぼうっと思った。
「ううん、そんなに時間無いし。
 …てか、憂佳が一緒に見ても可愛いのとかさ選べないから、きっと」
自虐まじりに笑うと、花音はそっか、と小さく答えた。
ちょっとぉ、もう、フォローしてくれないのかよ。

何だか空気が重くて、寝ようと思った。顎に当てたマスクを鼻の上まで引き上げて、
姿勢を変えようと背中を浮かせた瞬間、太腿の横に置いてた手に花音の手が重なった。

…いやだ。

花音はすぐ触ってくる。淋しいからだ。
それだけで、憂佳に触れたいとか仲良くしたいとかそういうんじゃなくて、特に意味も無く触ってくるの。
そういうのは憂佳は慣れない。
手の甲を撫でる花音の手を、自然に握り返したりとかできない。

いつもならさりげなく逃げるけど、今はちょっと緊張してるからかタイミングが読めない。
こういうときは花音が飽きるまで触らせてあげるけど、
たまになかなか飽きなかったりするから困るよ。

花音は何事も無かったかのように雑談を再開する。
憂佳は気の無い返事をするので精一杯。
手の甲を撫でる動きは止まったけど、今度は憂佳の指の間に花音の指が割り込んできて、
なんてゆうか、恋人繋ぎ?みたいに、包み込まれる。

居心地悪くて身体が固まる。…早く離してくれないかな。
憂佳の希望に反して、話のテンションに合わせながら花音の手はより強くより包み込むように動く。
絡む指が少し冷たくて、また冷えちゃってかわいそうだなとかもう春なのにとか、窓の外を見ながら考えた。
いま花音がどんな顔して話してるのかわかんないから緊張とかどうでもよくなってきて、
だから包まれてた甲を裏返して冷たい手を握り返した。

花音がこっちを見た気配がしたけど、窓の外を見続けた。
雑談はいつの間にか止んでいて、暫く静かな時間が流れたあと赤信号でマネージャーさんが振り向く。
福田寝た?と小さく聞かれて、花音を見るとその通りだった。
「…みたいです」
憂佳もなるべく小さな声で答えて、もう一度花音を見た。
思いっきりドアに寄っかかってすーすー寝息をたててる。
可愛い寝顔だなあなんてちょっと微笑ましく思えて、
写真撮ってやろ、と携帯を鞄から探そうとしたら片手が塞がってることに気付いた。
あーあ、起こしちゃ悪いから離せないじゃんよ。

改めて憂佳も寝ようと思って、眠ってしまったシンデレラを横目に背中のシートに首を預けた。
繋いだ手に、出来るだけ動かさないよう優しく力を込める。
今度は一緒に買い物行こうね、かのん。




  ◇  ◇  ◇



憂佳は何とも思わないかと思ってた。
でも、わたしがあやちょと行くことにしたのに少し怒ってるみたいだった。
気のせいかもしれないけど。だからちょっと悪いなって思ったけど、
珍しく手を握り返されてだから怒ってないのかなって安心したら寝ちゃったんだっけ。

「憂佳も寝てたんだ?」
「ん~…む…」
まだ目の開かない憂佳がへんな声で唸りながらお茶を飲んでる。
やばい寝起きで喋れるかなあなんて心配してるから、耳元に顔を寄せて大きな声で憂佳を呼んだ。
わたしの声に、起きてるしと顔をしかめながら後ずさる憂佳。
ラジオ収録の前はこうやって何でもいいから出来るだけ喋るようにしてる。
だから移動中も寝ないつもりだったのに、
憂佳の手があったかくて柔らかくて何か、眠くなっちゃったんだ。

「憂佳ー。」
「……」

ときどき憂佳は名前を呼んでも返事をしない。
でもちゃんとわたしの声が聞こえてるのは知ってる。
声を出すのが面倒なのか、ふざけてわざと無視してるのか、
どうしてかはわかんないけど、でもじっと黙ったまま次のわたしの言葉を待ってる、きっと。
買い物断ったの怒った?って聞いてみたいけど、「ううん別に」とか言うんだろうな。
そう思ったら次の言葉が無くなって、なに話そうかなって考えながら、
重たくて閉じそうになるのを一生懸命抑える瞼の動きが面白くて笑って見てた。

「ね、なに?」
「ん?なにが?」
だから、今呼んだじゃんよ、って憂佳がちょっと膨れ気味に言った。
そういえば呼んだかもしれない。そう、憂佳が答えなくって、
でもやっぱり待ってた。わたしの言葉を。
思わずにやって笑うと憂佳が怪訝な顔でわたしを見る。

憂佳がわたしを好きなのは知ってる。だから振り回したくなる。
困ってる顔を見るのが好きだし、今みたいによくわかんないって顔でわたしを見るのも面白い。
でもなかなか期待通りの反応をしてくれることは少なくて、そしてときどきへんな顔をする。

面白いから頬に触れてみたくて、手を伸ばしたら避けられた。
一瞬空を掻いた手を憂佳の肩に着地させた。憂佳がへんな顔でわたしを見る。
わたしが笑うと憂佳は今度はちょっと困ったような顔をして、下を向き咳込んだ。

「ゆうか。」

肩に置いた手からじんわりと憂佳の体温が伝わってくる。
憂佳は下を向いたまま、またじっと黙ってる。わたしが何て言うか待ってる。
今度はどんな顔するだろうって、思いながら次の言葉を探した。







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